ライト文芸「異世界は衰退しました」1
資源が使い尽くされたのだ。
勇者も、魔王も、人外も、そして美少女も数が減り、しかも質が落ちていた。
もともと有限だったそれらのものは、こちらの世界で果てもなく量産されるライトノベルの素材に格好な餌食となり、あまりにも乱獲がきわまったと言ってよい。
そう、ファンタジーとはけっして無尽蔵なものではなかった。
良いものはあらかた、奪い取られてしまった。
いまや。
かの地を大いなる退屈と呼ぶには空虚すぎる感情が支配している。
新しいことはもはや何も起こらない……かと思われた。
だが。
救いの人はファンタジー世界とは別の次元、この現実世界から訪れた。
いや、訪ねていくことになる。
いまはまだ、そうなるのを夢にも知らず、こちら側にいるが。
「沖先生。ファンタジー小説、書いてくださいよ」
「書けないよ。恥ずかしい」
沖の返事はいかにも素っ気ないが、心からなる意の表明にほかならない。
沖栄一(おき・えいいち)は中堅どころの純娯楽作家だ。
小器用な才の持ち主で、それなり面白いものを書く。
ロマコメ、喜劇、サスペンス、ホラー、時代劇、SF、ミステリー……。
自分で挿絵も描くし、物語の場面をイメージしたBGMまで付けられる。
余りある才能が存分に使いきれていないと評されるほどの彼だが、まったく適性を発揮できずというジャンルがひとつだけあった。
ファンタジー。
これとだけは何としてもそりが合わせられない。
いや、ファンタジーの古典を読むのは好きだ。
勇者が出てきて魔王の軍勢を討ち、姫君とその王国を救う。
こうしたオーソドックスな流れのものならまだいい(あまりに使い古されてはいるが)。
ところが、昨今にラノベ界隈で氾濫する自称ファンタジーたるや。
ロリータ、筋肉崇拝、ハーレム、同性愛、獣姦(つまり「ケモミミ」のことですね)、性転換……今流のとち狂った変態趣味――でなくて何であろう――がてんこ盛りである。
しかも教訓や批判など主張を盛り込むのは御法度とされ、読み手の我がまま過ぎる願望をひたすら充足させるものでなければいけないらしい。
(もっかのところ日本でファンタジーと呼ばれるのは、こういったものばかり。)
とにかく。
ライトノベルで描かれるファンタジーは調子が狂うのである。
どうして、こうなった?
思えば。
彼の学生時代は誰も彼も、ライトノベルという得体の知れないものにはもっと常識ある態度で接した。
教室でそんなのを読んでると、好餌にされたもんだっけ。
「お~い、みんな~! ○○の奴はな~、高校生にもなって、こんな可愛い絵のついた本読んでるんだぜ~っ!」
あははははっっ!!
「なに、なに~? 『いやん、王子さま。あたしほんとは、男の子なのよ』だと~w」
げらげらげら!! 変態~っ! おっかま~~♪
嘲笑われ怒り心頭、むきになった持ち主が晒した奴の手から本を取り返そうと挑みかかり、奪い合いになる。
そうするうち、晒した奴がおどけて悲鳴をあげた。
「わー! 手が~! 俺の手が、表紙に出てる女装野郎のケツに触れちゃったよ~♪」
まるで毒物でもつかんでしまったような慌てぶりでふざけてみせる。
みんなも便乗して、はやし立てる。
「そいつも今から、変態の仲間だ!」「逃げろ、変態が感染るぞ!」「寄るな! 来るな! こっちを見るな!」「えんがちょ~~!! えんがちょ~~!!」
いや、大変な騒ぎである。
かくして。読むのを馬鹿にされた者は、心の痛手をますます深めていく。
あの頃、ライトノベルがいかに恥ずかしいものとされていたか。
それが、いまや。
中年のオヤジまでが、ラノベ、ラノベと血眼になっている(沖にはそう思える)。
出版界でもドル箱扱い、そこそこの売れ行きでもチヤホヤされる有様で、さながらラノベ作家にあらずんば小説家にあらずとの勢いだ。
情けない。
仮にも文芸を、少女画の魅力で売ってもらうとは。
また、そんな絵を目当てに買いあさる読者がいようとは。
おまけに、内容。
内容。
内容……。
ラノベに内容なんかあったっけ?
あんな調子よ過ぎなもの、中学の二年以上に分別のついた大人の作家に書けるもんじゃない。
いや。獄屋につながれ鞭打たれながら、書けと言われれば書けんこともないが。
たぶん、書きあがったものを読み返す気もしないに違いない。
沖栄一はこういう見解の持ち主であった。
傍目には、ファンタジー世界の味方になれる存在とはまるで思えない。