ブログ文芸新世紀

ライト文芸を中心とする自作オンライン小説を公開するブログです。

ライトノベル「アレが見えるの」(その一 御影)

 幽霊なんて僕に見えるわけない。
 でも幽霊からは僕が見えるという。
 それも大人気、寄ってたかって取り巻いてるんだ。幽霊が見えるあの娘はそう言ってた。
 あいつ、黒石御影(くろいし・みかげ)が。

 転校生じゃないけど、そう紹介されても通じるほどクラスの中で存在感のなかった子。みんなから「霊言(ことだま)娘」とあだ名される、ちょっと毛色が変わってるけど、わりと美形なのでそういうことは大目に見られるタイプの子。
 はっきりと僕に告げたわけじゃない。誰れ彼かまわず言いふらしたわけでもない。少数の友だちに話しただけらしいが、こんな話を聞いたら誰かに話さずにいられなくなる。それで、どんどん広まっていくようだ。
 おかげで僕は「幽霊たちのアイドル」としてクラス中の評判になってしまった。これはもう、風評被害の域だ。ちなみに、御影のほかに幽霊が見えるとか言ってる子は誰もいない。

 その彼女は僕に近寄ろうともしない。いつも遠目で見るだけで、なんだか避けてるみたい。そばに寄れば、離れていってしまう。
 そう、避ける。とにかく、僕を避ける。まるで無意識に、自然体で避けられてる気がする。
 ちくしょうめ! なんで、こんなに避けられるのが気に障るんだろう。好みのタイプでもないのに。

 ある日、ついにたまらなくなって本人に問いただした。
 じかにではなく、ケータイで。御影と仲良くしている園田喜代美(そのだ・きよみ)に連絡を取りもってと頼んだのだ。彼女はずっと親切だった。もっとも僕が頼めば、たいていの女の子は言うことを聞いてくれる。
 園田が御影に電話をかけ、僕と替わった。
 僕は、御影と仲良しの子から一時的に借り受けたピンク色のケータイに向かって勢いよくまくし立てたい欲求を抑えながら、静かに、丁寧に訊いてみた。

「僕が幽霊に取り巻かれてるって言いふらしてるけど、おかげで迷惑してるんだよ」
「迷惑なのは、幽霊にとり憑かれてるから? わたしがそう見えると言ったから?」
「決まってるじゃないか。きみが言いふらしたせいで、みんなが僕を変な目で見るようになったからだろ」
「それだったら、みんなのほうに文句を言うのが筋じゃないかしら」
 むむむ。妙に納得した気になった……なんてことはない。丁重に謝罪を求めてこんな応答されたら、怒るのが筋だろう。
 こいつ、微塵も反省してないぞ。真相はどうあれ、自分の口で他人に災い招いたくせに。

「なんで僕って、そんなに幽霊に評判がいいんだろ」
 御影は電話を通して話せば、そう内気な感じでもなかった。はっきりとした口調で、自分の意見を言う娘だと思った。
「オバケ好きがするタイプなのよ」
「それじゃ特異体質じゃないか。そんなにみんなと違って見える? 自分で言うのもなんだけど、変人とか異常だとか言われたことないからね」
 そうさ。変わってるのは断じて、御影のほうだ。僕なものか。
「それは、あちらのほうで決めることだから」
 彼女は、他人事のように、変えられない規定事項のように、僕が幽霊にとり憑かれる定めだと決め付けていた。
「人間から見てどう見えるかは大事じゃないの。いるのよ。何万人かにひとり、そういう体質の人が」
「ほんとにオバケが見えてるの?」
 思い余って僕は、心の中でわだかまっていたことを口にした。ほんとにヤバイ気配なんか感じない。だいたい、いままで幽霊なんて見たことない。この自分が数多の幽霊にとり憑かれてるなんて、からかってるんだろ。
「今だって、周囲には誰の気配もしないし」
「そうかしら。通話口からにぎやかな声が漏れてくる。とても騒がしい雰囲気よ」
「今、教室でひとりなんだけど」
 廊下で御影の友達が待ってるだけだ。
「そうでしょう。独りでないと、オバケは周囲に群れないの」
 ぞーーっとしたわけではない。あっけらかんと応じるしかない言い草だった。
 御影はさらに突っ込んできた。
「あなた、霊気とかそういうもの感じない?」
「ぜんぜん」
 なんだか、きみといるほうが怖そうだとまでは言うまい。
「やっぱり。そういうものなのよ」
 何が、そういうものだろう。
「でも無害だから心配いらない。幽霊ってそうなの、だいたいにおいて。たまにものすごいタチ悪なのがとり憑く場合もあるけど、たぶん大丈夫。ほら、生きてる人間と同じ。大多数は普通の人で、凶悪犯に出くわすなんて稀でしょ」
 そういうものかなと思った。御影の語ることは説得力ある感じで同調しそうになってくる。
 いや、こんな自分ではいけない。僕は文句の付けどころを切り替えた。
「きみは僕を避けてるようだけど。幽霊が怖いのかい、僕が怖いのかい。どっちなの?」
「あなたを避けてるんじゃない、あなたにとり憑いたオバケたちを避けてるの」
「なんで? ほとんど無害だと言ったよね」
「あたし、幽霊が大っ嫌い。無害とか有害とか関係なしで、ぜんぜん関わり合いたくないの、ほんとに見るのも嫌だから。でも、見えちゃうの。あなたのそばに大勢」
「僕には見えない」
「見えないほうがいいわ」

 話はここまでだった。約束の時間がきて、会話の内容がわからない距離で僕が話す様子をうかがってた御影の友だちが、ケータイ返してと割り込んできたのだ。
 通話は終わった。
 僕はため息をついた。そして、同調を求めるように御影の友だちに訊いてみた。
「そっちにも見えるかい、僕のまわりにいるオバケって?」
「見えない。まったく」
「霊気とか感じる?」
「感じないよ、ぜんぜん」
「それでも、あいつの言うこと信じる?」
「嘘をつく子じゃないから」
 なるほど、そういうことか。友達は嘘吐きじゃない、自分が見えなくてもそれは関係ない。
 園田は声をひそめ、顔を寄せてきた。
「ずーっと見てるとわかるんだって。幽霊たち、他の人たちには目もくれないのに、守屋くんには気が付いて、そばに集まってくるそうよ。守屋くんの存在だけ認知するみたいだって」
 守屋というのは僕の苗字だ。紹介が遅れた。守屋護(もりや・まもる)。一部では名門の誉れ高い、私立稲葉高校二年。学力も体力もまずまずなら、容姿もまずまず、たぶん家柄もまずまず。ついでに言えば、この高校の程度もまずまずさ。
「そう言ってるだけなんだろ」
「そう。あの子はね」
「信じるわけ?」
「嘘を言う子じゃないから」
 堂々めぐりだな、これじゃ。
 あいつが嘘吐きに見えるか見えないかはどうだっていい。幽霊が見えると言った。そのせいで、僕はみんなから異様な存在に見られてる。まさにそれこそが問題だ。
 幽霊に団体でウォッチされてるなんて、確かめる術はない。確かめる必要もない。ただ、そうだと言ってる御影を黙らせればいい。変な噂を広めて済みません、もう言いませんと謝ってもらえばいい。そして風評がこれ以上広がって害をもたらすのを阻止したい。
 それだけだ。

「でもね……」
 園田は言いにくそうにして言葉をつないだ。フォローしたかったのかな。
「あたし、守屋くんだったら、そばに何がいたって気にしないけど」
「そう?」
 僕は挨拶だけして、教室を出た。
 園田はもっと一緒にいたい様子だったが、こっちはそんな気分じゃない。
 御影と仲良くする子はいつも決まっていた。容姿や頭の出来、家庭の事情などどこかしら不幸なところがあり、僕の目には魅力がない子ばかりだった。
 独りになれば幽霊どもが寄ってくるのだろうが、見えない相手といたほうが気が楽だ。

 さて。
 次の日、もっと劇的な事態が降りかかった。


(続く)


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ライト文芸「異世界は衰退しました」3

 

 仕事を引き受けたあとで、沖は思案した。
 ライトノベル仕様でのファンタジー世界はどう造型したらよいのだろう。

 わからない。
 これまで彼の作中世界は、まがりなりにもリアリズムを基調とする手法により表現されてきた。
 しかし依頼を受けたのは、沖栄一作品ではなく、良野部軽(らのべ・けい)の代筆作だ。
 リアリズムなど入り込んではいけないのである。
 優先すべきものは。
 願望。
 とにかく読み手の願望を充足させる。
 苦労知らずなわけではなかろうに、あまえることに逃げ、本の中での苦労までは御免こうむるという十代読者のだ。
 教訓などたれようものなら嫌われる。訴えたいことは人物の行動というかたちで見せねばならない。
 いや、書き手の主張なんぞはじめからいらないのだ。良野部(らのべ)の小説にかぎっては。
 求められるのは、楽しさや華やかさ、萌えやときめき、スリルと興奮、勝利と栄誉の疑似体験。
 テーマ?
 せいぜい愛とか友情の尊さを称えていれば十分。かくして感動大作の一丁あがりだ。

 あるいは。
 沖は若い頃にやった洋菓子工場でのバイトの作業を思い合わせた。
 クリームのたっぷり塗られた異世界というケーキ台に、勇者や姫君、魔王や人外といった定番の飾りを見てくれよく配置する。
 その上から魔法や超能力、萌えにやおいといった香料を振りかけて魅力を引き立てる。
 ラノベ書きとはこれではないのか。
 まるで、デコレーションケーキをしつらえていく仕事だ。

 けれども、ここが肝心だが。
 どうわかった気でいても、書かせられるのは沖なのだ。
 彼の立場は、ラノベの読者でもなければ洋菓子ラインの作業員とも違う。
 なによりも彼は、ケーキのような物語をつくり出すのを願望していなかった。
 沖はのっけから筆が進まなくなり、机の前での停滞(On desk delay)に見舞われた(を(余儀なくされた)余儀なくされてしまう)。
 中身のないものを書くのがこれほど至難なことだとは。
 良野部(らのべ)の流儀にあわせての創作は自分には越えがたいほどの壁だ。

 沖はしまいには、夢想さえ始めた。
 ああ、いっそ本物のファンタジー世界があってくれたらいい。
 異国の辺境を訪れる気分で実地に足を運び、かの地の風景や人々を前にして取材できたらどれだけ苦労なしか。
 その世界では一から十まですべてのことが、邪魔立てされずに都合よく運ぶに違いない。ラノベの愛読者が望んでいるとおりに。
 そうした場面を模写するだけなら世話がない。
 なにしろ好むと好まざるとに関わらず、目の前の現実だ。
 認めるほかないわけで、へたな想像で飾り立てるより上出来というもの。

 彼なりの願望に浸りながら沖はいつしか、机の上で眠りほうけていた。
 異世界は向こうから、やって来た。



(続く)

 

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ライト文芸「異世界は衰退しました」2

 さて。
 話を戻すが。
 こういう男に、ファンタジーを書いてくれというわけだ。
 依頼をおこなったのは、ライトノベルの大御所ペディアファクトリーの編集者、川上都貴子(かわかみ・ときこ)である。
 普通のおとなしい女性に見えるし態度も控えめだが、その方面での実権はなかなかのものらしい。
 沖は、素朴な疑問をぶつけてみた。
「いったい何だって、ぼくにファンタジー小説なんかを?」
 こちらの適性は知ってるはずだ。
 相手は、要求を押し付けることなく、まず沖の疑念にあわせた応答をする。
 ごもっともです。実は……。
 川上都貴子は、沖を驚愕させる衝撃の実情を語りはじめた。
 本来なら執筆を依頼すべき売れっ子のラノベ作家が行方知れずになってしまった。
 ひとりではない。何人もが、相次いで。
 いずれも痕跡が残らぬ消え方で、所在が皆目つかめない。
 まさに予期せぬ事態に見舞われたと呼ぶしかない状況で、出版界全体が恐慌をきたしているのだという。

 ラノベ作家が相次いで失踪?
 沖にとっては、小躍りしたくなるほど良いニュースだった。
 それで狂おしくも気障りなラノベブームがすたれ、沖のようにさっぱりした落ち着きあるものを書く作家に出番が回ってくるかといえば。そうはならず逆に、沖のところにまで忌まわしいライトノベルの注文が舞い込むとは落胆するしかないが。
 いい加減もう、ラノベ中毒から立ち直れよ、日本人。

 川上都貴子によれば、集団失踪の穴埋めのため日本中の大衆作家に急遽ピンチヒッターを引き受けてくれるよう打診中だという。
 それでか。
 だからってやるに事欠いて、この沖栄一にラノベを書かせようとは。
 ラノベ……。
 題名がだらだら長いばかり、現実逃避に承認欲求とハーレム願望の充足のほか内容もなく、萌え画の挿し絵をつけないと中学生にも読まれない、まさしく最底辺の売り物。
 あれを、自分が……。
 やたら愛らしいキャラ絵を押し出したカバーに「沖栄一」の名が付いた新刊が本屋に並ぶ。思い浮かべると、ぞっとしない。
 何より、みんなの反応が気がかりだ。
「あれほどラノベを貶しまくった、ぼくがだよ。自分でラノベを書いたら、なんて思われるか」

 川上都貴子は、何を案じるという顔である。
「いえ、先生の名前が出ることはないんです。ご心配なく」
 なんだって?
 さらに話を聞いてみれば。
 なんと。
 なんと、この沖栄一名義じゃない、他の作家の代筆の依頼だったのだ。
 俺の書いたものが、あの良野部軽(らのべ・けい)の作品として刊行されるという。
 よりによって、良野部軽(らのべ・けい)の代筆とは。
 あんな、世界観は陳腐、登場人物は無個性、展開はご都合主義、何の葛藤もなしに出来事が勝手に落着したあとでの喝采ばかり求める、まさにラノベを擬人化したようなヘボ作家。
 俺の代筆がつとまるかさえ怪しい奴の本を、俺が代筆させられる。
 なんたる侮辱。
 しかも。
 しかも、だ。印税は、良野部(らのべ)と折半なのだという。
 創作にまったくタッチしない、所在不明のまま代筆されることすら知らずにいる良野部(らのべ)とだ。
 なんたる侮辱。

 これは断らねば。
 理由を見つけるのは簡単だ。
「俺とあいつじゃ文体が違うでしょ。すぐバレちゃうよ」
「それもご心配なく。いかにも良野部(らのべ)さんの文章のように、こちらで修正しておきます」
 うわ、なんたる侮辱。
 仮にも職業作家に向かって。修正を前提に、執筆を頼み込むとは。
 川上都貴子が言うには、良野部(らのべ)はもともと凡庸な書き手で、そのままでは素人臭が強いため、いつも原稿の半分くらいは編集者が手を加えているのだという。
 さらに川上都貴子によれば、良野部軽(らのべ・けい)名義だと沖さんの本より何倍も売れるから、印税が折半としてもけっして悪い商売ではない、むしろ自作を出すより稼げるのではと。
 沖が喜んで引き受けるだろうと疑ってもいない様子だ。
 これ以上にない侮辱!


 しかし。
 沖は結局、侮辱を受け入れた。
 ローンの返済に追われており、多くの金が入用だった。


(続く)





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ライト文芸「異世界は衰退しました」1

 ファンタジーの世界は荒廃していた。
 資源が使い尽くされたのだ。
 勇者も、魔王も、人外も、そして美少女も数が減り、しかも質が落ちていた。
 もともと有限だったそれらのものは、こちらの世界で果てもなく量産されるライトノベルの素材に格好な餌食となり、あまりにも乱獲がきわまったと言ってよい。
 そう、ファンタジーとはけっして無尽蔵なものではなかった。
 良いものはあらかた、奪い取られてしまった。

 いまや。
 かの地を大いなる退屈と呼ぶには空虚すぎる感情が支配している。
 新しいことはもはや何も起こらない……かと思われた。
 だが。
 救いの人はファンタジー世界とは別の次元、この現実世界から訪れた。
 いや、訪ねていくことになる。
 いまはまだ、そうなるのを夢にも知らず、こちら側にいるが。



†             †             †



「沖先生。ファンタジー小説、書いてくださいよ」
「書けないよ。恥ずかしい」
 沖の返事はいかにも素っ気ないが、心からなる意の表明にほかならない。

 沖栄一(おき・えいいち)は中堅どころの純娯楽作家だ。
 小器用な才の持ち主で、それなり面白いものを書く。
 ロマコメ、喜劇、サスペンス、ホラー、時代劇、SF、ミステリー……。
 自分で挿絵も描くし、物語の場面をイメージしたBGMまで付けられる。
 余りある才能が存分に使いきれていないと評されるほどの彼だが、まったく適性を発揮できずというジャンルがひとつだけあった。
 ファンタジー
 これとだけは何としてもそりが合わせられない。

 いや、ファンタジーの古典を読むのは好きだ。
 勇者が出てきて魔王の軍勢を討ち、姫君とその王国を救う。
 こうしたオーソドックスな流れのものならまだいい(あまりに使い古されてはいるが)。
 ところが、昨今にラノベ界隈で氾濫する自称ファンタジーたるや。
 ロリータ、筋肉崇拝、ハーレム、同性愛、獣姦(つまり「ケモミミ」のことですね)、性転換……今流のとち狂った変態趣味――でなくて何であろう――がてんこ盛りである。
 しかも教訓や批判など主張を盛り込むのは御法度とされ、読み手の我がまま過ぎる願望をひたすら充足させるものでなければいけないらしい。
 (もっかのところ日本でファンタジーと呼ばれるのは、こういったものばかり。)
 とにかく。
 ライトノベルで描かれるファンタジーは調子が狂うのである。

 どうして、こうなった?

 思えば。
 彼の学生時代は誰も彼も、ライトノベルという得体の知れないものにはもっと常識ある態度で接した。
 教室でそんなのを読んでると、好餌にされたもんだっけ。
「お~い、みんな~! ○○の奴はな~、高校生にもなって、こんな可愛い絵のついた本読んでるんだぜ~っ!」
 あははははっっ!!
「なに、なに~? 『いやん、王子さま。あたしほんとは、男の子なのよ』だと~w」
 げらげらげら!! 変態~っ! おっかま~~♪
 嘲笑われ怒り心頭、むきになった持ち主が晒した奴の手から本を取り返そうと挑みかかり、奪い合いになる。
 そうするうち、晒した奴がおどけて悲鳴をあげた。
「わー! 手が~! 俺の手が、表紙に出てる女装野郎のケツに触れちゃったよ~♪」
 まるで毒物でもつかんでしまったような慌てぶりでふざけてみせる。
 みんなも便乗して、はやし立てる。
「そいつも今から、変態の仲間だ!」「逃げろ、変態が感染るぞ!」「寄るな! 来るな! こっちを見るな!」「えんがちょ~~!! えんがちょ~~!!」
 いや、大変な騒ぎである。
 かくして。読むのを馬鹿にされた者は、心の痛手をますます深めていく。
 あの頃、ライトノベルがいかに恥ずかしいものとされていたか。

 それが、いまや。
 中年のオヤジまでが、ラノベラノベと血眼になっている(沖にはそう思える)。
 出版界でもドル箱扱い、そこそこの売れ行きでもチヤホヤされる有様で、さながらラノベ作家にあらずんば小説家にあらずとの勢いだ。
 情けない。
 仮にも文芸を、少女画の魅力で売ってもらうとは。
 また、そんな絵を目当てに買いあさる読者がいようとは。

 おまけに、内容。
 内容。
 内容……。
 ラノベに内容なんかあったっけ?
 あんな調子よ過ぎなもの、中学の二年以上に分別のついた大人の作家に書けるもんじゃない。
 いや。獄屋につながれ鞭打たれながら、書けと言われれば書けんこともないが。
 たぶん、書きあがったものを読み返す気もしないに違いない。

 

 沖栄一はこういう見解の持ち主であった。
 傍目には、ファンタジー世界の味方になれる存在とはまるで思えない。

 

(続く)

 

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ライト文芸「顔にタヌキと書いてある」2

 谷がタヌキと出会ったのは二年前にさかのぼる。
 新人歌手のオーディションの場だ。
 谷は彼の芸能事務所「谷プロ」の代表として選考を総括する身で関わっていた。

 選考。
 アイドルになるという強烈な願いをかなえたくて応募した何千何万もの少女たち、ジャリ石だらけの中からすこしは価値あるものを選り分けていく地道な作業。
 宝石を見つけるのではない、宝石に見せかけられれば十分だ。所詮この世に宝の石などあるわけない、というのが谷自身の持論である。
 だから、候補をしぼるやり方では血も涙もなかった。

「あなたの魅力を二秒でアピールしてみなさい」
 選考のとき、谷が最初に向ける質問だ。
 答え方で見込みの有る無しがわかる。

「11番。誰にも、誰にも負けない若さがあります」
「若さなんて、若い人は誰でも持ってます」

「39番。ピアノが弾けます。似顔絵かけます。バク転宙返りもできます」
「そんなに色々できるなら、歌まで歌わなくていいですね」

「43番。売りのないのが売りどころです」
「どうも。選考の結果は追って通知します」

「たった二秒で何がわかるの? わたしの魅力はそんな……」
「59番さん、ありがとう。はい、次の方」

「有名人と握手する才能があります。アーロン・グラントと握手しました。ハリマン・ホーンと握手しました。それから、ジミー・フライトが日本に来たときも……」
「88番さん。いいですか。まず右手を差し伸べてください。さらに左手を出して重ね合わせる。そうそう。今度は指と指とをからませあい、強く握りしめて。はい、結構。これで、あなたは一番自慢したかったご自身とも握手したわけです。思い残すことはありませんね? そのまま家までお帰りください」

 かかる具合に、自薦者をどんどん落としていく谷の存在は少女たちにはまったく嫌な奴に違いあるまいが、谷の視点からは落とされる者が選ばれた者より幸運だとは思えなかった。
 アイドルとはしょせん、世の中に捧げられた生け贄にすぎない。
 なるほどアイドルたちは、世間からチヤホヤされ一挙一動が話題になるという意味で、とりわけ同年代の若者らの羨望の的だろう。
 彼女らは、美味しい食べ物、美しい衣装、立派な住居、付き人による丁重な扱いなど至れり尽くせりの待遇を受けられる。すくなくともそう思い込まれている。
 だから、どうなのか。
 古代、マヤやアステカの神殿で生け贄に捧げられる乙女らも、神の花嫁として大切に遇されたのだ。最後の日に、心臓をくり抜かれるまでは。

 今の芸能アイドルは太陽神に心臓を食われたマヤ・アステカ時代の生け贄より身体的には安全ながら、結局は太陽民すなわち日本国民にピンナップとして捧げられる身の上に変わりはない。
 それこそ彼女らがアイドルに選ばれる目的であり、青春を代償に果たす役割なのだから。
 だがそのことを当の少女たちは露知らずだし、アイドルに熱狂する連中もよもや自分らが生け贄崇拝をしているとは思いもよるまい。
 谷自身、自分のすることを悪いこととは意識しなかった。だいいち罪の呵責など感じたら、こんな業界にはいられない。
 と畜場の職員が悪びれるどころか誇りさえ抱きながら食肉を捌くように、谷もまたマニュアル通りに、若やいだ魅力をふりまいて歌い踊る国民的マスコットを大衆に供する職務をこなしていくだけなのだ。

 さて。
 話をオーディションの会場に戻そう。
 二次選考の参加者は、何万もの応募をふるいにかけた数百名。
 一応の水準に達した面子揃いではあるが、谷の目にはほとんどがジャリ石にしか見えない。
 そんなジャリ石だらけの中、気おくれも自己顕示もない様子で列の中、順番待ちするひとりの少女が谷の興味を惹きつけた。
 あれは磨けば光るジャリ石とちがうぞ。素のままで光を乱反射させるように、一種神秘的なまばゆい輝きを放っている。

「108番の人、お名前は?」
「堀井マヤ」
「ご家系に外国の方がいます?」
「日本生まれの日本育ちです」
 みんな、目を疑った。
 言葉は悪いが、外来種にしか見えなかったからだ。
 谷はいつも通りに、あの質問を差し向けた。
「二秒で自身の魅力を説明してください」
 二秒たった。
 相手は何も答えない。
「売りどころは何もないのかな」
 堀井マヤは意図的に沈黙している様子だ。照れたり臆したりで答えられないわけではない。表情はむしろ、自信にあふれていた。
「ここでは言えません」
「二秒で説明できない内容?」
「いえ。一瞬でわかります」
 マヤは、谷に対してはとくに親愛の念をもって応じてくる。
「でも、みなさんの前では……恥ずかしくてお見せできないものなので」
 審査員一同、笑いさざめいた。

「言っておきますが。恥ずかしくて見せられないものでは、この業界では通用しませんよ」
「谷先生にだけお見せできます」
 仲間の審査員らは盛大にひやかす勢いで、ニヤつきながら谷のほうを見やった。
「ですから……一緒に来ていただきたいのです」
「二人だけの場所に?」
 相手はこっくりとうなずいた。悪びれた風がまったくない。
「お手間は取らせません。ほんとうに一瞬で済みます」
 騙されてみようか。
 谷は立ち上がった。
 彼をしてその気にさせたのは、見せたいものがどうとかではない。この小娘ときたら審査される側なのに逆に、審査員らを自分のペースに引き込んでしまう。感嘆すべきはその才能だ。

「ちょっと息抜きをしよう。みんなも、一緒に来てくれ」
 谷は、審査員たちのほか、会場整理のためステージの片隅に立っていた警備員の一人を呼びつけ、さらに選考の様子を記録していたカメラマンも加え、軍勢を引き連れるようにして、堀井マヤをともないある場所に向かった。

 かたわらを旧知の仲のように寄り添ってくるマヤと一定の距離を置くようにして歩きながら、谷はひかえめに言葉を交わした。
「なぜぼくにだけ見せてくれるのかな?」
「わたしが選ばれたら、どうせお見せしなければなりません」
「自分が選ばれるとなぜわかるの?」
「谷さんですもの。アレをご覧になればかならず、わたしを選びます」
 背後の人群れからゴホッ! と咳払いがおこった。

 やがて清潔で広いスペースをもつ男女共用の多機能トイレの前で止まると、谷はみんなに聞かせるようにして警備員に指示を出す。
「いいかい。これからぼくは、このお嬢さんと一緒に中に入る。扉は閉めるが、ロックはしない。それで……もし15秒たってもぼくたちが出てこなかったら、ただちに扉を開け、中に踏み込んでほしい。必ずだ」
 谷はマヤに言い訳する。
「こういう措置を講じておかないと、何が起きたか疑われるからね」
 かくして多数の証人が見守る中、谷は堀井マヤとともに多機能トイレの中に消えた。

 谷と二人きりの場に密閉されると、マヤははじめて臆する態度を見せた。踏ん切りをつけかねているといった感じだ。
「さ。はやく見せてくれないか。あんまり長居をするとみんな、不審に思う」
 マヤは念じるようにじっとしている。
「見せられないなら、きみの審査はここで終わりだよ」
 少女は意を決したように、谷と向き合った体の向きをいきなり反転させ、お尻を突き出す姿勢になるとスカートを捲り上げた。
 次の瞬間、谷の股間には快い感触のものが押し付けられる。もふもふとして温かく、まるで上等な毛皮のような心地良さ。
 尻尾だ。
 それも造りものじゃない。
 マヤの尻には本物の尻尾がはえている!
 目を凝らす間もなく、尻尾は消えた。煙のように。
 谷は息を呑んだ。

 マヤはすばやく姿勢を戻し、谷と向きなおった。
 手早い仕草で着衣を整えながら、恥じらいと誇らしやかな昂ぶりの入り混じった顔で相手を見やる。
「お見せしたのは正体の一部だけ。姿をすべて変えたらショックを受けるでしょうから」
 とんでもない、一部だけでもぶったまげた。
「その技を……どうやって?」
「生まれつき」
「きみって……無邪気な小娘だと思って油断してたけど……ひょっとして、キツネが化けてたのかい?」
 マヤは声をひそめて否定する。
「いいえ、タヌキです」

 ゴホン! と咳払いし、警備員が扉を開けた。
 予定の15秒が過ぎ、しばし躊躇してからの開門である。

 二人は衆目の注視を浴びながら、多機能トイレから出た。
 マヤは屈託ない純情な少女として振る舞い、谷も節度をわきまえた保護者としての態度を取りつくろう。
 密室の中、一瞬であれ不徳な行為がおこなわれた形跡はうかがえない。

 審査員仲間が好奇と嫉妬の入り混じる熱気をもって訊いてくる。
「いったい、なにを出して見せたんです、彼女?」
 谷は熱に浮かされた顔で独り言のようにつぶやいた。
「尻尾さ」
 喝采でも浴びせるように盛り上がる一同。
「あっはっは!! こりゃあ、いい!!」

 ステージに戻っても、108番の候補者への審査はさらに続けられた。
 みんな、彼女に魅せられてしまったのだ。
 谷はマヤに、一曲歌わせてみることにした。
「好きな曲を、赤ペラでいいから聞かせてほしい」
 候補を十人ほどにしぼった三次選考ならともかく、二次選考の時点で歌唱力をためすのは異例だ。
 とにかく、入れ揚げさせずにおかない存在だった。

 マヤは谷のリクエストを受け、こころみに、賛美歌『まもなく彼方の(Shall We Gather at the River?)』の出だしをメゾソプラノで聴かせてみせた。
 もちろん英語だ。神妙に歌いだした曲の旋律が聞き馴染んだものとわかると会場各所から笑いが起こったが、マヤの歌い方を馬鹿にしたのでないことはあきらかだ。
 実際、素晴らしい美声だった。日本のアイドル歌手にはあまり必要とされないが、あればあったで有利なものだ。
 谷の隣りの席の審査員(声楽の大家だった)が感に堪えた口調で耳打ちする。
「あの子、本物だよ。アイドルなんかじゃなく、みっちり仕込んで本格派の歌い手に育てたほうがよくないか?」
 谷は同意を拒むように、首を横に振った。
「残念だが。今さら、声楽を学ばせても遅いよ。あれはもう、アイドルとして生まれてしまった存在だから」






マヤが歌った賛美歌『まもなく彼方の(Shall We Gather at the River?』はこんな曲。
たぶん知らぬ人いないと思われ。ああ、アレか! と嬉しくなること必至。



(続く)

 

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「顔にタヌキと書いてある」
(文芸新世紀)
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質問【年長者の登場人物をどう描いたらいいのかわかりません】

――質問です。
おっさんとか爺さんとか、年長の登場人物をどう描いたらいいかわかりません。
いえ、剥げ頭とかデカ腹といった見かけじゃなく、精神構造が推し測れないという意味で。
ほんと。あいつらの内面ってどうなってるのか見当つかないや。
だって自分、年少者なんだもん。


――回答です。
自分もそうでした。
こういうのって実際に年をくわないと、感覚としてわかりませんよね。
いや。
身も蓋もないことを言うようですが、年長者の内実はあなたとまったく変わりません。
もちろん見かけは老けてるし、社会的な立ち居振る舞いなど多くの面で若者と異なりはするでしょう。
でも所詮、それだけのこと。
大人が少年少女から進化もしくは劣化した、別種の生き物ということはぜんぜんないのです。

ぶっちゃけ、大人とは子供が成長したものだと思ったら大間違い。
子供に見られないよう、大人の皮のかぶり方を体得しただけの存在にほかなりません。
(これが出来ないのは、よほどダメな人か奇跡的に真正直な人かのどちらか。いずれも世の中では爪弾きにされるので、みんな、大人に見せられる皮のかぶり方を学ぶのに必死となるのです)

それこそが偽らざるところ。ほとんどの大人は、見栄も、甘えも、我がままも、妬みも、狡さも、悪戯でスケベなところも、ようは内面のほとんどが子供時代とすこしも変わらないと心得てください。
では。なぜ多くの大人が若者の目には汚れた存在に映るかといえば。
若い人が、無意識にも感じる自身の認めたくないマイナス要素を、こんな風にはなりたくない姿をした大人に投影して見てしまうからなんですね~。
若者が大人社会から見いだす醜さって自分たち自身の本性なのですよ、あなた。
(いかんな。ノーベル賞級の真理を語ってしまった)

しかるわけで。
くれぐれも、大人は若者とは別人種だとか、逆に大人を買いかぶったり大人はこうあるべきとの思い込みによる、一面的な描き方はしませんように。
大人になって読み返せば、きっと恥ずかしくなると思います。


追記
いや、してもいいですよ。結局のところ、あなたが女の子でないのに上手に女の子を描いたり、外国人でもないのに外国人をそれらしく描けるというなら、年少者の身で年長者を描いたって何ら問題ないはずなので。

 

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とにかく、読みやすいものを書け

これは自戒もふくめて言うんだが。
小説家になろう」での投稿作にざらっと目を通した印象。

ほとんどのオンライン小説には、面白いとかつまらない以前の問題がある。
とにかく、読みにくい。
文章が素人にありがちな、ぎこちないものばかり。すらすら読めるよう書いてくれるのは十人に一人ぐらいという。いや、ほんと。
まずはその十人に一人になることから始めよう。



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